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2001年の野球界はパ・リーグのホームラン王争いに注目が集まった。
まず先陣を切ったのは西武に新規加入したカブレラである。
凄まじいペースでホームランを積み重ね、開幕から64試合で30本塁打に到達。
本塁打の数のみならず、場外までやすやすと運んでしまう豪快なスイングに高い注目が集まった。
しかしカブレラは後半以降失速し、今度は近鉄のローズが日本記録を上回るペースで本塁打を重ね、カブレラを抜き去る。
そして135試合目にして55号を放ち、残り5試合を残していたため、王貞治の持つ55本の記録更新が濃厚と見られていた。
138試合目には王が監督を務めるダイエーとの対戦、ローズは多くの打席に立てるよう1番打者に起用されていた。
だがこの日のローズに投じられたストライクはわずか2球で、実質的には全て敬遠に近い形だった。結果ローズは無理な球を打ちに行かざるを得なくなり、無安打に終わる。
残り2戦も本塁打を打つことはできず、結果的に55本と日本記録タイで終わった。
過去にも王が監督を務めていた巨人が、本塁打記録更新を期待されていた阪神のバースを相手に敬遠したことがあり、今回のケースもバッテリーコーチが投手陣に敬遠を指示していたことから、「王貞治を守ろうとする閉鎖的な姿勢」が日本のみならずアメリカでも非難の的となった。
※王貞治自身はローズに記録達成を願う旨を本人に語っており、敬遠策に関して直接関わっていないとされる。また王が55本を記録した際の敬遠数は、ローズの「2」に対して「20」と大幅に多いものだった。上記の文章は当時の世論をまとめたもので、王貞治氏の名誉を貶めようとする意図は一切ありません。
またローズ擁する近鉄は「いてまえ打線」と呼ばれる強力な打撃陣で勝利を重ね、最後は北川博敏のプロ野球史上初の「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン」と劇的な展開を迎える。
セ・リーグは入来智ら「リストラ組」と呼ばれる投手陣の予想を上回る活躍、さらにペタジーニや古田らの打線によってヤクルトが優勝している。
日本シリーズは古田が攻守に渡る活躍をみせたヤクルトが4-1で制し、古田は日本シリーズMVPを獲得した。
シーズンMVPは本塁打王を獲得したペタジーニと、日本記録タイの本塁打を放ったローズとなった。
一方、同年メジャーへ渡ったイチローが初年度から大活躍したことは日本野球界の転機になる。
既に野茂英雄や佐々木主浩らがメジャーリーグで活躍していたものの、日本人野手の活躍は未だ疑問視されていたため、イチローの活躍は懐疑説を吹き飛ばし、日本野球そのものの評価を押し上げることになった。
現地でもイチローの評価は極めて高く、オールスター投票では日本人からの投票を除いても両リーグトップの得票率を獲得。
シーズン通じて242安打を重ね、メジャーリーグ新人安打記録を塗り替えるが、それが高い注目を集めたことにより、過去の統計が洗いなおされ、従来の新人安打記録が訂正されるほどだった。
最終的に新人王・MVP・首位打者・最多安打・盗塁王・シルバースラッガー賞・ゴールドグラブ賞を獲得。イチローの名は1年にして全米に知れ渡り、後の日本人選手のメジャーリーグ挑戦へとつながる。
前作との変更点
観戦モード時はバックスクリーンからの視点が標準になった。
投手でも代打としての出場が可能になった。
対戦モードでルーキー設定が使えるようになった。
データあれこれでの利便性が上がった。
ペナントは本作は10年間の長期間を戦えるようになった。
フリーエージェントや新外国人選手の発掘システムが導入され、選手の成長・老いも再現された。
着実に進化しているのが分かるようになってきた。
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